医学部入試廃止論

現行の医学部入試は学部間での比較で言えば最難関とされており、区分は理系ということになっている。そのため一般入試では主に英語数学理科が課され、国公立ではそれに加えて共通テストで国語や社会も必要とされることが多い。

私の問題意識は2点だ。医学部一般入試が入学後の適性との相関が低いのではないかということ。
そしてもう一点は、医師養成にかかる金額を圧縮できるのではないかという点だ。現行一般入試を廃して医師養成をなぜ安上がりにできるのかの構想はこの後詳しく話す。

医学部一般入試では理系ということで英数理が重視されるが、入学後の勉強はというと理系でも文系でもなく「暗記系」だ。
私は数学や物理でかせいで入学したタイプで、入学前の予想通り案の定入学後はビリだった。逆にそれらの科目が苦手で入学には難渋しながらも入学後はトップクラスの成績の人もいるし、それどころか高校の同期など、いろんな意味で医師が向いてそうなのに入れなかった人もいる。
入試はその基本理念として、入学後の学習についていける基礎学力を有するかを調べることを目的とするだろう。なのにずいぶんと食い違っている。
もちろん医師は、医療行為の最高責任者であり、医行為を始める権限があるので、「暗記力」だけを試して入学させればいいというわけではなく、その場その場での判断力や全体を俯瞰する能力も必要だとは思うのだが、それでもそのような能力を試すのに現行一般入試の科目が適切なのかどうかは不明だ。というかはっきり言えばほぼ関係ないだろう。

入学後のパフォーマンスとの関係で言えば、一つ面白いエピソードがある。
私が医学部入学した直後にオリエンテーションがあり、医学教育の責任者の教員が登壇して、「医学部の成績と入試の成績のデータを取ったところほぼ相関はない。だからここにいるすべての学生は油断せず頑張るように」という内容の話であった。
もちろんこの教員の話の主旨は、みんな前向きに頑張れということだったのだろうが、とは言えこの話を聞いたときは正直腰を抜かした。自分らが実施した入試と、入学後の成績の相関がないことを、ご丁寧にデータまで取って自ら証明してみせてしかも平気でいるのだから。

そんなことなら一般入試なんかよりも推薦入試の方がまだマシに感じる。
地方の医学部の推薦などでは共通テスト(旧センター試験)で8割届かないような学力の学生もいるなどと揶揄されることがあるが、たしかに8割切りは多少心配にはなるものの、医学部での学習内容と関係が薄いテストで選抜してしまうよりも全教科真面目に取り組むような学生の方が医学部では適性があるように感じる。高校で嫌な科目まで含めてサボらずに「鼻をつまんで」やり通す根性の方が、数学の難問をあざやかに解く能力よりも重要だろう。
また体育や家庭科などの実技教科の評価が入るのもバランスがよいように感じる。バランス感覚は臨床医になってからも重要だ。

ちょっと皮肉っぽく言ってしまうと、医学部ではノイズは歓迎されない。判でついたような同質な真面目っぽい学生が教員からも好まれるし、学生もまたその空気感の中で同質な人間どうしで安住している空間だ。高校で反抗的な挙動を示さず全部を真面目にやってきた生徒は好まれやすい。同質ということで言うと実際は一般入試での選抜でも同質になってしまうのだが…
同質さは広い意味での忖度の容易さを担保してはいる。


次に医師養成費用削減ができる構想についてだ。
簡単に言えば医学部の座学の内容にかかる費用をスキップできないかというものだ。
よく医師一人養成するのに1億円かかるなどと言われたり、そんなにかからないと言われたりする。
医師養成の費用と言うと何にそんなにお金がかかるのだろうか。基礎医学を学ぶための実験施設?外部の病院実習をさせていただく施設への謝礼金や補助金の類いだろうか?それらもあるだろう。
そしてこれら以外に医学部の教員(ほとんどが医師)がやる通常授業にかかる人件費があるだろう。主に臨床実習に入る5年より前の1~4年の座学の授業だ。
教員の教育熱や指導能力はバラバラだ。臨床系の教員は座学にはそこまで厳しくなかったりするのに対し、基礎系の教員は厳しい傾向にあると言われたりするし、独りよがりな授業で学生が困惑しているという話も聞く。
それこそバランス感覚を欠いた教員もいるし、そもそも教えるプロでもない。だが、医師=最低時給1万、のような世界であるゆえ、ここに支払う人件費がかなり大きいのではないかと考えられる。
今は医師国家試験予備校のネット授業を、学校が推奨してほぼ全員が受講している状況もある。
特に低学年はこの本文の最初に「暗記系」といったように、医師免許保有者でないと教えられないような何か特別なものでもない。それこそ高偏差値学生なら独学でもできるような内容なのだ。

そこで私の構想は、あくまで4年までが座学のみ、5年からが臨床実習ときれいに分けられるとしたらという前提だが、法科大学院のようにしてしまえというものだ。
大学卒業者もしくは卒業見込者ならどの学部出身であろうと医学の座学でやる内容の試験を受けて、臨床実習をメインに履修する「医師養成大学院」に進学できるとするものだ。その修了者のみが医師国家試験受験資格を得る。

実際には4年までの内容にも解剖実習のように重要度の高いものはある。よって学部としての医学部も残しておき、解剖実習などを終えた「純血」医学部生は医師養成大学院を2年で修了でき、他学部出身者は3年とするなどしてもよい。これも法科大学院のやり方に近い。

この方が医学の内容に適性がある人を受け入れ、少なくとも座学の勉強レベルではレベルの高い学生が医師養成大学院に進むことになるのは明らかだろう。
相関のない入試で入り口を絞ってしまい、医学ならできた人を落としてしまっている現行のやり方よりは、おそらくはとてつもない倍率となる医学の試験を突破した人たちの集団の方がレベルは高いはずだ。

現在医学部では臨床実習に入る前のタイミング、主に4年の終わりだが、大学によっては前倒しでCBT(Computer Based Testing)という基本知識のテストと、胸骨圧迫(心臓マッサージ)などの基本実技の試験が行われる。
要はこれらのレベルを上げたバージョンのテストを医師養成大学院入試で実施すればよいのだ。

この意見に対しておそらく向けられるであろう批判には「医学教育は座学の知識だけではない」とか「学部で倫理教育、人間教育もやっている」などというものがあり得るが、そういった側面は0とは言わないが、内部の現実とはだいぶ乖離しているように感じる。
学年に自殺者が出ても学部長がその報告を学生に向かってヘラヘラしながらしていたり、成績評価を学生の好き嫌いで基準を変えたり、独りよがりな授業をやって大量の留年者を出したりと大変香ばしい。
自分の出身校や他校の噂話レベルでもこれだけいろいろある。別に積極的に悪くいいたいつもりはないのだが、臨床もやらずに研究にお忙しいのだろうから、教育には力があまり入らないのも無理はないわけで、これは教員批判というよりも構造的な問題点の指摘にすぎない。

では「新卒一括採用」ならぬ「高卒一括採用」をやっているのはなぜなのか。
ここからは推測だが、穿った見方をすれば、先程も言ったように同質なコントロールしやすい学生を集めたいということだろう。実際女子や多浪が差別されている実態も明らかになった。内部を同質にすることで内輪でのコミュニケーションは忖度が容易になり、スムーズになると言えなくもない。
ただそれにどこまでの意味があるものなのかは謎だ。

さらに穿った見方としては、医学部への参入障壁だ。
開業医の子息で、継ぐように言われて育った人は高校生で決断しやすい。かたや高校生時分の判断で東大理一に進んだことを後悔してる同級生もいる。
また私立では6年で3000万円台の授業料の学校も多く、これが医師養成大学院のみになって授業料が単純計算で1/3になってしまえば、めざす人は増えてしまう。これをよしとしない人たちもいるだろう。
医学部以外で、これと似たようなことをやっているところがある。公認心理師の養成だ。
公認心理師養成の大学院には、学部も心理学系でないと入学できないようだ。
他学部卒業で大人になってから「カウンセラーになりたい」という人も多い。2年かかる資格試験も世の中いくつかあるのだから院だけ入れというならまだわかるが、これを「学部から心理学でやり直せ」とはずいぶんと過激な主張に感じる。
こういっては何だが、心理学の学部入学者が抜群に高学力なわけではないだろう。そうすると他学部卒業者を排除することは、相当のレベルダウンになることは明らかだ。
「多様性」という言葉は昨今いかがわしく遣われることも多いが、それにしても「心理学純粋培養」心理師では多様性があまりになさすぎる。心理学を相対化する知性や経験を持ち合わせた人間を入れなくていいのだろうか。心理学だけにコミットしすぎている人間だけの集団は外部からも異様に見えるものだと思うが。

学部でやる実習や研修はたしかにあるだろうが、他学部出身者を排除しなくてはならないほどの中身あるものなのか疑問だし、2年コース、3年コースを作ればいいというのも医師養成大学院構想で話した通りだ。
こんな不合理な政策決定は裏にどんな利権があるのか勘繰ってしまうが、そんなものあるのだろうか。ご存じの方がいれば是非とも教えていただきたい。もし「18歳から純粋に心理師を希望していた人こそ心理師にふさわしい」などと本気で思っているならば、あまりに幼稚な純血主義へのセンチメントだと感じる。

話を医師養成に戻すと、単なる医学知識だけを試すのではなく、知的能力や教養があることを対外的に示したいのであれば、英語や小論文を院試に課せばよいだろう。「臨床医としての判断力や思考力をみる」とかなんとか言って。

現行入試でもなぜ数学で数Ⅲまで課すのだろう。工学部のように微積分を実際に使うとかならわかるが、「数学が論理の学問だから大切だ」という程度ならⅡBまででも充分だろう。他の医療系学部は実際そうしている。

ここでも穿った見方をすれば、医学部が理系の覇者であり、理工系学部が課している内容以下では示しがつかないとでも思っているのではないかと勘繰ってしまう。幼稚な権威主義だ。


かなり話はとっちらかってしまったが、現行の医学部一般入試は無駄が多いうえに、よい人材や多様性を切り捨ててしまっている。
さらに医師養成費用の削減にもなる法科大学院類似の形態での養成カリキュラムが合理的だと考える。
しかも臨床医になるにあたってはさすがに現場で医師としての権限を行使する前に実習や研修、見学は必須となるため、司法試験の予備試験のような抜け道は作られ得ない。
座学的な知識と実習、研修とを切り分ければ、前者に関しては自己責任で前もって履修してきてもらうのがあらゆる観点から合理的だと考える。

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